ミネルバ大学は既存の大学の悪習を打破し、学生の学びを一番に考え、「高等教育の再創造」をめざす。
ミネルバ大学には講義形式の授業はない。そのかわりに学生主体のセミナー式授業でインプットを、学外団体と連携してアウトプットをするというカリキュラムを提供している。
実社会で応用できる「実践的な知恵」をミネルバ大学では教えている。そしてそれを“流暢に”使えるようになるまで鍛えるのだ。
何を教えているのか
一生使える知恵を
ミネルバ大学で教えるのは、社会に出たときに応用して使える「実践的な知恵」だ。逆に既存の大学に多い、知識を伝えるためだけの講義はない。あくまで目的は「社会のあらゆる専門分野にも活用でき、キャリア育成においても有効な汎用的技能」を学ぶことなのである。
とくに力を入れているのが、入手した情報を解釈して課題解決に向けて応用する技能と、自分の考えを効果的に伝えて望ましい結果を導くコミュニケーション能力の養成だ。この方針に従い、ミネルバ大学では「実践的な知恵」を、「個人の思考技能」と「集団でのコミュニケーション技能」の2種類に分類して教えている。
個人の思考技能
個人の思考技能は、「クリティカル思考」と「クリエイティブ思考」に分けられる。
「クリティカル思考」とは、相手の主張の評価や意味の理解に加え、意思伝達における判断能力を指す。ここで必要なのは、データ解釈を正確におこない、自分の答えを導き出す力だ。さらにその答えを相手に伝えることでかかる労力とリターンが適切かどうか、予想外の反応があった場合はどうするか、といったところまで深掘りする
「クリエイティブ思考」とは、突然アイデアが閃くというようなものではなく、「体系化され、教えることのできる一連のロジカルな思考プロセス」のことである。クリエイティブな発想をするために必要なのが、直面している問題を解決するために適した問いを自ら設定することだ。そしてその問いと現状との差を「解決する意味のあるもの」と「解決に大きな影響のないもの」に分解し、解決できる要素になるまで分解する。この分解の過程でさまざまな仮説・検証をおこない、データを蓄積していく.
集団でのコミュニケーション技能
集団でのコミュニケーション技能には、「効果的なコミュニケーション」と「効率的なインタラクション」がある。
効果的なコミュニケーションをおこなうには、プレゼンテーションの形式と、読み手・聞き手の理解が重要だ。数百人を前にして発表するのと、少人数でミーティングをおこなうのでは、話し方も用意する資料も必然的に変わってくる。また会話相手の何気ない仕草や表情から、「言外の意味を感じ取る」ことも、国際的なプロジェクトをおこなううえでは欠かせない。
一方で効率的なインタラクションは、交渉や協業、倫理的な問題を建設的に解決するためのものである。大きな組織で働く場合は、部分最適と全体最適の調整も必要になるものだ。ミネルバ大学ではリーダーシップだけでなくフォロワーシップの重要性についても学び、集団と個人の行動原理を理解することに重点を置いている。
どのように教えているのか
授業の本来あるべき姿とは
ミネルバでは全授業を「完全なアクティブ・ラーニング」でおこなうという原則のもと、講義式授業を禁止し、学生主体の学びを適用している。
学生主体というのは、授業時間の最低75パーセントをグループワークや議論に充て、能動的な作業をおこなうということだ。使用する教材とコンセプトの予習は必須で、授業中は予習したコンセプトをもとに、クラスメイトとディスカッションすることが求められる。そして授業後に教員から、理解度や改善点などの詳細なフィードバックを受ける。
教員が話せるのは10分まで
ミネルバの授業を支えているのが、独自のオンライン・プラットフォーム「アクティブ・ラーニング・フォーラム」だ。授業はすべて20人以下のセミナー形式で、事前課題を提出した学生のみが参加可能となる。90分間の授業のうち、教員が話せる時間は合計10分と定められている。
授業はすべてオンラインなので、教員と学生が同じ空間に存在しないことへの懸念もあった。ミネルバでは、そうした懸念を払拭する仕組みが盛り込まれている。
オンライン授業の3つのメリット
オンライン授業の利点として、主に次の3つが挙げられる。
(1) 事実にもとづいたタイムリーなフィードバックを受けられる
すべての授業は録画されているため、学生は実際の授業を見ながら、指摘内容を把握することができる。
(2) 教授は学生の技能習熟を把握しながら、次の授業の準備ができる
学生の習熟度がリアルタイムで共有されるため、教授は習熟度の高い学生と低い学生を一緒に組ませるなど、共同作業を通じて学びを引き出すような授業設計が可能になる。
(3) 客観的事実にもとづいた教員へのフィードバックができる
授業の録画は、教員へのフィードバックにも活用される。これにより各教員の授業スキルの把握、改善のためのアドバイスが容易になった。
こうした機能は、学生・教員双方の授業の品質・パフォーマンスをよりよいものにするためのモチベーションアップにも一役買っている。実際にミネルバの授業に参加する学生の一人は、「はじめてこの授業を経験したときは、それまでの3倍疲れた。集中を途切れさせる余裕は全然なかった」と授業の密度の濃さを語っている。
大学と社会の垣根を限りなく低くする
頭の中にインプットしたコンセプト(知恵)は、それを実践して“流暢に使いこなせる”レベルまで引き上げなければいけない。そこでミネルバでは、外部団体の協力を得て経験学習を提供している。
たとえばサンフランシスコ市との共同アクティビティがそうだ。ミネルバの学生はホームレスの福祉政策について提案をおこなったり、ホームレスへのインタビュー方法を学ぶワークショップに参加したりしつつ、ボランティア実習などもおこなう。
その他にもさまざまな公的機関、企業、NPO、芸術家が積極的に協力してくれている。その背景にはミネルバ大学の知名度が上がったこと、学生のパフォーマンスが高く評価されていることがある。「CIVITAS(ラテン語で市民という意味)」というイベントでは、学生・スタッフ、ミネルバ・プロジェクトへの出資者、協力企業・団体などが集まり、大学の近況報告やワークショップなどがおこなわれ、ホストには教育界の著名人や大財団の関係者が名を連ねている。このようにアウトプットの場を設け、学生たちが積極的に学んだスキルを実践することで、大学と社会との垣根は、限りなく低くなるのである。
どうやって入学し生活するのか
落とすための入試にはしない
さまざまな都市がキャンパスになる
ミネルバは「都市をキャンパスにする」という方針を打ち出している。ミネルバと既存大学の数少ない共通点は、学生寮を持っていることだろう。だがミネルバでは都市に存在する一般的なマンションを、長期契約して学生寮として利用している。この学生寮は簡素なものだが、これによって「都市をキャンパスにする」ことを促している。
広大な土地にさまざまな施設を建築し、そこで完結しているのが既存の大学だ。だがそれでは建物の維持・管理費もかかる。一方でミネルバの学生は、娯楽が欲しければ自分で街に出て娯楽を探し出せばいいし、お気に入りのカフェも自分の意思で選択できる。
ミネルバ大学は4年間で世界7都市に移り住み、そこをキャンパスとしている。1年目はサンフランシスコ、2年前期はソウル、2年後期はハイデラバード(インド)、3年前期はベルリン、3年後期はブエノスアイレス(アルゼンチン)、4年前期はロンドン、そして4年後期は台北だ。この選定基準として、安全性が確保されていること、質の高い学びの機会が用意できること、比較文化的な学びができることが挙げられており、4年間を通じて小規模な都市から、人口・文化が複雑な都市へと移動していくようにデザインされている。もちろん治安の変動などによって、滞在都市を変更しなければならないこともあるが、固定資産を持たないミネルバ大学は、そうした問題に対しても柔軟に対応できる。